| ■ 阿寒湖温泉 |
マリモの眠る阿寒湖の南岸にある阿寒湖温泉は、名実ともに道東観光の中心地であり、宿泊基地でもあります。それは湖畔の宿という魅力に湖上遊覧・雌阿寒岳・雄阿寒岳の登山。散策とショッピング、豊富な湖産の味覚が存分に楽しめ、道路網も発達しているからなのです。
この温泉の歴史は意外に古く、安政5年(1858年)北海道の名付け親である松浦武四郎がこの地を踏査したときに、既に先住のアイヌの人々が利用しており、明治45年には今の「ホテル山浦」が開業しましたが、本格的な発展は大正10年に国立公園候補地となり、昭和9年に国立公園に指定されて以後のことです。
最近は北海道を早回りするスピード観光が多いようですがせめて阿寒湖だけでもゆっくりくつろいでほしいものです。
温泉の泉質:単純泉、硫化水素泉38〜85度 神経痛・リューマチによい
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| ■ アイヌ伝説 |
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北海道開発の歴史は浅い。とくに道東の山中にある阿寒湖では乏しく、約100年前まではアイヌの人々の世界で、伝説も地名もすべてアイヌ民族に由来して いる。
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| ◆ 阿寒岳と阿寒湖の創世 |
この世の中がまだ海ばかりであったとき、神様は海ばかりで面白くないからといって、いろいろの山を造ったが、阿寒もその時に出来たものである。
ところが1つだけではさびしくてかわいそうだというので、もう1つつくって夫婦山にしたのが今の雄阿寒岳(ピンネシリ)と雌阿寒岳(マチネシリ)である。なお、そのときできた湖の中にも、休むところがなくてはいけないというので、所々に島を造ったので、阿寒湖の中にはいくつもの島があるのだという。
(更科源蔵アイ ヌ伝説集)
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| ◆ 雌阿寒岳と硫黄の伝説 |
昔、石狩地方の山続きにニツネヌプリ(魔神の山)という山があり、そこには魔神達が隠れていて、人間の世界の邪魔ばかりしていた。
そこで、アイヌの英雄オタシトンクルがそれを退治しようと6日6晩のあいだ、この山を激しく攻め、多くの魔神を退治した。
しかし魔神の頭領は黒雲を吐いたり、雨を降らせたりして、逃げ回り、雄阿寒岳に助けを求めた。ところが、雄阿寒岳に、ものもいわず岩の拳でなぐりつけられてしまった。
そこで、魔神の頭領は情けにもろい雌阿寒岳に泣き付いて、その内懐に隠してもらった。これを知ったオタシトンクルは、非常に腹を立て、雌阿寒岳の懐から魔神を引き出して殺し、雌阿寒岳を呪ってこういった。「魔神を隠したお前の懐からは、いつまでも臭い息が出て膿が流れるだろう」と。
そのとおり今でも雌阿寒岳からは臭い噴煙がのぼり、硫黄の膿が流れ出るのだという。
(屈斜路・弟子カムイマ老伝)
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| ■ 阿寒語源の伝説 |
雄阿寒岳は昔、海近くに立っていて、ピシタアンピンネシリ(海淵にある雄山)と呼ばれていた。この雄山が女山の雌阿寒を嫁にした。雌阿寒は非常に気性の荒い山であったので、あたりの山々がそのために崩されて、すっかり地形が変わってしまった。しかし、雄阿寒だけは崩されることなく動かなかったので、それでアカンと呼ばれるようになった。アカンとは動かないという意味であるという。(阿寒湖・山本多助エカシ伝)
この3つのアイヌ伝説は、山と湖の大自然境、阿寒湖の創世や、後述するように阿寒開拓の原点となり、また、終戦後には風致か硫黄かで、議論が交わされた雌阿寒岳硫黄採掘問題とも関連して興味深い。
阿寒の語源については、その名を山に求める説と、川に求める説とがある。地名研究家は川説をとって「旧阿寒川が釧路川に合流するところを、ラカンプト(ウグイの産卵場の河口)と呼んでいたところから、和人が “ ラカン川 ” と呼び “ アカン川 ” に変化したもの」(更科源蔵アイヌ語地名解)としている。
しかし、阿寒町百年史では前記のアイヌ伝説や、阿寒の山に祈る際のアイヌの口伝アカンウンピンネヌプリ(雄高山)、アカンマチネヌプリ(雌高山)から山に語源を求めている。アカンウンとは不動のものという意味であるといわれ、これは原始性豊かな阿寒の自然美の永遠を願う、私たちの心に通う語源であるともいえよう。
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マリモ

エゾシカ

タンチョウ

雄阿寒岳

雌阿寒岳の青沼

双岳台

雌阿寒岳とオンネトー

阿寒湖の氷割り
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